あみの3ブログ・夢のつづき

お城巡りの旅とラーメンなど、自由な写真日記

【馬緤のキリコ祭り】石川県珠洲市 2026年10月13日

日本遺産・ 【馬緤のキリコ祭り】

 日本海に面した外浦地区では、揚げ浜式製塩が終わる10月に秋祭りが集中しています。馬緤(まつなぎ)町では、10月13日の夜、3本の大キリコが春日神社境内に並び、能登随一といわれる勇壮なキリコ太鼓を鳴り響かせます。それは塩田作業から解放された喜びを表現するかのようで、製塩労働歌「砂取節」の哀愁を帯びた調べと対照的です。

 馬緤の地名は、奥州平泉へ落ち延びる源義経が、当地へ流罪となっていた義父平時忠と妻蕨姫に再会するために立ち寄り、馬を緤(つないだ)ことに由来すると言い伝えられています。、、、珠洲市(現地案内板)

 

 震災前は「現地案内板」にある通り、『夜に3本のキリコ』が並んでいたようですが、今回は1本のキリコが昼の数時間に限って巡行する縮小開催となりました。

 

 馬緤町内「鰐崎」地区のキリコが午後1時から巡行開始との情報でしたので、早めに現地入りすると「珠洲市自然休養村センター」にキリコが建っているのを発見。同センターが担ぎ手など参加者の集合場所となっていたようで、続々と人が集まってきました。地元の人が半分?それ以外は他所から来られた人のようですが、いわゆるその日限りの「助っ人」ではなく、ボランティアからの移住を決めた方々で、地域に根を下ろした活動をしている人たちのようです。

 

「珠洲市自然休養村センター」前の砂浜に描かれた貝を並べた文字「まつなぎ」

後方の木材は「キリコ」をイメージしているのでしょうか?

 

馬緤町マップ

巡行ルート(黄線・青線)と拠点(赤丸印)
 

 馬緤のキリコは大型であるため、張り巡らされた電線を潜ることが出来ず、海岸通りの県道28号線を「春日神社」まで往復する巡行ルートです。「鰐崎集会場」で組み立て作業(巡行終了後は解体作業)をして、「珠洲市自然休養村センター」で展示。13時同所出発。「春日神社」にて渡御、及び安全祈願の神事。その後県道28号線を「白山神社」「守禅庵」あたりまで巡行。巡行終了後再び「春日神社」まで戻り入宮・神事。そして「鰐崎集会場」に戻ってキリコ解体となります。自分は春日神社での入宮神事後、帰途につくキリコに従って、「珠洲市自然休養村センター」に到着したところでおいとまを頂きました。時刻は16時半という早い時間でした。

 

「珠洲市自然休養村センター」を出発、海岸通りの県道28号線を巡行

 

 途中「馬緤団地・復興公営住宅」建設現場前を通過 

令和9年3月15日完成予定だそうです。「珠洲市自然休養村センター」横に続いての二つ目の団地です。被災者の早期復帰が待たれますね。

隆起した海岸線を横目に「春日神社」に向かいます。  

 

夏の名残のひまわりとキリコ

 

春日神社到着

 

渡御と安全祈願の神事

春日神社本殿はこんな崖に建っていました。崖の下には拝殿があったそうで、急な階段で繋がっていましたが震災で斜面は崩落し社殿は倒壊したそうです。現在は法面の復旧工事の最中です。

 

 

岬の岩礁がご神体なのでしょうか? 神事が行われました。

 

神輿に関わるのは地元の長老

 

巡行途中の参加者

 

宮入りでキリコ乱舞

 

 

春日神社境内にて

 

 

 

参加者全員で集合写真

 

 

 

西に傾いた陽を背に、帰路につくキリコ

 

 2024年の能登半島地震とその後の豪雨災害によって、珠洲のキリコ祭りは中止や規模の縮小が余儀なくされています。観光化された規模の大きい祭りなどは、保存会等の団体からSNSを通じて情報発信があるのですが、そうで無いところについては部外者にとってまったく解らないのが現状です。

 そこで、能登の祭りで知り合った珠洲市在住の写真愛好家K氏に、詳しい情報を教えを請うことにしました。その結果、無事に撮影することが出来ました。この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました_(._.)_


※参考、、、珠洲市HP、現地案内板他

【馬緤町春日神社】

住所;〒927-1304 石川県珠洲市馬緤町9−1−甲

地図;

※SONY α7Ⅲ FE80-200MACRO f4 G OSSⅡ、α7C FE24-105f4 G OSS